どうも、ブロガーのきゃわです。
昔から私は、大人数で過ごすよりも一歩引いた位置から周りの動向を見ているタイプでした。
「群れる」、「群れない」の良し悪しなどの議論は特にしませんが、個人的に「群れない」という行為からは学ぶべきことがたくさんあると思っています。
他人に振り回されない時間の使い方がベストです
例えば、「今日は早く帰って家で映画を見たかったけど同僚から飲みに誘われたので飲みに行く」などは他人のために時間を使っていますよね。
やりたいことがあったのにも関わらず、相手の誘いを無下にできずに他人のために時間を使ってしまうのは個人的にはあまり良くないと思っています。
例えば「同僚から飲みに誘われた。今日は何も予定がないから飲みに行こうと思う」というのであれば良いですが、相手に気を遣うあまり自分の時間を無下にするのは自分に対して気を遣わなすぎです。
自分の時間は自分で常に握っておきましょう
「自分の時間は自分のものだ」という認識が重要です。
自分の時間を自分がやりたいと思ったこと以外には極力使わない方が良いです。
もちろん世の中そう甘くなく、「付き合いで飲みに行かなくちゃいけない」とか「やりたくないけど残業で残りの仕事を片づけなくちゃいけない」などという時もあるはずです。
上記のような仕方のない状況を除いた時間は、自分のために使うべきです。
時間の有効活用には周りから良く思われない勇気も必要です
いざ「自分のために時間を使おう」と思っても、どうすれば良いのか分からない人もいるかもしれません。
個人的におすすめなのは、「やりたいこと」もしくは「してあげてもいいこと」と、「やりたくないこと」を分けることです。
「やりたいこと」もしくは「してあげてもいいこと」とは例えば以下の通りです
- 読書
- 筋トレ
- お世話になっている上司の手伝い
それに対して「やりたくないこと」とは例えば以下の通りです。
- 仕事における定時を過ぎた無駄な居残り
- 自分が一切興味・関心のない分野の勉強
「やりたいこと」もしくは「してあげてもいいこと」に関しては、そのまま行動に移せばOKです。
「やりたくないこと」に関してですが、個人的には周りにどう思われようとも自分の考えを貫き通して良いかなと思っています。
周りの目など気にしても仕方がない話
働いたことのある人であれば経験があるかもですが、「みんな謎に残っている」という時がありますよね。
定時を過ぎてもなんとなく帰りづらいのか、誰かが帰るまでみんな誰かの第一声を待っているみたいな状況です。もしくは上司からの指示があるまでなんか帰りづらいというパターンもあるかもしれません。
ですが、今日の仕事が完璧に終わっているのであれば堂々と帰れば良いのです。もしかすると最初は気まずく感じるかもしれませんが、周りの目を気にするよりも自分の時間を有意義に使うべきです。
周りは何もしてくれません。どう思われようとも自分の好きなように時間は使った方が良いです
「周りが仕事をしているから自分も残って別の仕事をする」とか「周りのペースに合わせて自分も仕事をする」などは一見周りと歩調を合わせているように見えますが、自分のために使えるはずだった時間の浪費にすぎません。
ぶっちゃけ周りと歩調を合わせても周りが助けてくれるかどうかは分かりませんし、自分の責任は自分で負うのが社会です。
上記の論でいえば、「自分の時間を削ってまで周りと歩調を合わせるよりも、自分のペースで仕事をして余った時間を自分のために使った方が効率的だよね」となります。
もちろんチームで仕事をする場合などは、周りと歩調を合わせる必要も出てきます。
あくまでも、自分の時間を削ってまでその行為が必要かどうかを考える必要があります。
「群れない」=「自己中心的」ではダメな話
「群れない」というと一匹狼のようなイメージかもですが、自己中心的な一匹狼ではいけません。
勘違いしがちですが、「自分中心に考える」とか「自分のために生きる」などは自分の人生の幸福のために様々な手法を取るのであって、それによって他人に迷惑が掛かることはあってはいけないはずです。
「群れない」といっても人は社会的動物なので、社会との関わりなしに生きていくことはできません。
なので自分の役割を果たしつつ「群れない」でいることが大切です。
自分の考えで動くのは良いが自分勝手な考えで動いてはいけません
「群れない」とは、自分の考えや信念をもって動くことです。
それに対して「自己中心的」とは、周りの環境などを一切考えずに自分のやりたいことをすることです。
「群れない人」にもちゃんと社会的役割があるということです。社会的役割の遵守が、人と人との関わりの第一歩なのです。