どうも、ブロガーのきゃわです。私は過去に会社員を経験した後、現在はブロガーとして毎日ブログを更新しています。
新しいことをすると何かにつけて反対されることってありますよね。
例えば「マッチョになるためにジムに行こう」と言えば「どうせ続かないからやめておけ」とか、「知識量アップのために毎日1時間読書をしよう」と言えば「そんなことしても意味ないからやめておけ」などです。
上記は少し極端な例ですが、実際に何かにつけて反対してくるような人はいます。
個人的に新しいことに対して拒絶反応を示すのは異物を嫌うからだと思っています。
具体的に言うと、新しいことや新しいものって「なんか怪しい」とか「なんか怖い」というような考えを抱きやすくなっているんですよね。なので、そういったものに神経質な人ほど新しいことに対して否定的な態度を取ってしまうのです。
反対意見はそういう考え方もあるという考えで納得しましょう
反対意見があるのはある意味当然のことです。
人の数だけ考え方がある訳ですから自分の意見に対して否定的な意見を持っている人もいるはずです。
ただ上記のような意見に出くわした時に、自分の意見を変えるとか相手の意見が間違っていると激しく反論する必要はないと思っています。
否定的な意見をただ受け入れる。それだけで良いはずです。
受け入れた上で「それでも私はこう考える」というスタンスで良いのです。
考え方は人それぞれだが自分の考え方を曲げる必要はありません
「偉い人が言っているから正しい」とか「あの人の意見だからおそらく正しいのだろう」と考えてしまうようなことってありますよね。
上記なような意見っておそらく正しいのだと思います。
ですが、誰かの意見が正しいからといって自分の意見を曲げる理由にはならないはずです。
【持論】自分の意見を通したいなら反対意見を押し切るしかないです
個人的に、自分の意見をどうしても通したいのであれば自分の考えを貫き通す以外ないと思っています。
例えば「プロゲーマーになりたい」という人がいたとします。「家族には猛反対されているけれど自分はどうしてもプロゲーマーになりたい」という場合、反対を押し切るしかないでしょう。
もちろん反対意見を押し切る訳ですから、その分責任は生じますよね。
例えば経済的援助などを断られる可能性があります。
両者が納得するのは現実的ではありません
意見の衝突が起きた場合、両者が納得する形で決着することはほとんどありません。
「プロゲーマーになりたい」という人と「安定した職に就いて欲しい」という人が完全に納得する形で話がまとまることはかなり難しいでしょう。
ほとんどの人は自分の意見が正しいと思っているという当然の事実
というのも、個人的にほとんどの人は無意識のうちに自分の意見が正しいと認識していると思っています。
表面上は「自分の考えなんて些末なことですから・・・」などという態度を取っていても、意識の奥底では「○○はこうあるべき」とか「○○はこうした方が良い」などの判断基準を持っているはずです。
上記は当然のことでして、そもそも生きていく上で価値基準がなければ生きていけませんからある程度の判断基準は誰しも持っているものなのです。
正しいと思っている人を論破するのはかなり難しいです
たまに、「○○は絶対にこうあるべき」とか「○○しないなんておかしい」という意見に遭遇する時があります。
ほとんどの場合、他人に自分の意見を強制させることはありません。そもそもそんな権利誰にもありませんからね。
ですが稀に、正しい意見をひたすらぶつけられることがあります。
正論をぶつけられると何も反論できないですよね。
ただ正論というのは曖昧さを許さないという側面を持っています。
例えば「電車内では他のお客さんの迷惑にならないようにしなければならない」という一般常識がありますが、「外国人のお客さんが少し大きな声で喋っていた」という場合、相手が日本の一般常識を知らない可能性や言語特性などを考慮する必要があります。
英語圏の人だった場合、日本語よりもある程度大きな声になるのは仕方がないんですよね。日本語はかなり小声でも話せる言語ですが、英語は発音の特性上ある程度大きな声を出す必要があるからです。
正論には、上記のような事情を考慮しないという側面があります。
だから正論を論破するのは非常に困難なのです。
人の数だけ道があります
個人的に、人の数だけそれぞれ考え方があって良いと思っています。
もちろんその中には、相容れない考え方や自分と近しい考え方など様々あるでしょう。
上記の事実を受け入れることが重要です。
それぞれの道を尊重することが大切です
個人レベルで求められることって、それぞれの道を尊重してあげることだと思っています。
例えば「コツコツ働くことが一番」という人と「起業して一発当ててお金持ちになるのが手っ取り早い」という人は相容れない考え方を持っていますが、各々が別の考え方を受け入れてあげる必要があります。
相容れない道があるのは仕方のないことです
受け入れるというのは相手の意見に賛同することではなく、「そういう考え方もあるよね」という曖昧性を受け入れるということです。
人道的に絶対に受け入れられないような考え方などは別ですが、考え方の違いに関してとりあえず反発するような態度を取ることは、良好な人間関係の構築の面でもあまり良くありません。
自分とは違う考え方であっても一旦受け入れてみるという懐の深さが重要です。