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自分が損するのが嫌な人の思考って短期的だよなって話

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どうも、アラサーブロガーのきゃわです。

私は過去に10年程会社員をしていた時期があります。

割と色々な人を見てきたのですが、どの会社でも一定数自分が損するのが嫌な人は存在します。ぶっちゃけ、自分が損するのが嫌なのは人として当然のことなので何も悪いとは思いません。

ですが、個人的には損してでもやっておいた方が良いことはあると思っています。

上記について、これから解説していきますね。

損してでも誰かに役に立つのならやっておいた方が良いと思う話

個人的に、誰かの助けになるのなら多少の損は受け入れた方が良いと思っています。

例えば、仕事の進め方が分からない新人社員に質問された時に適当に返事をするのではなく、丁寧に教えてあげるなどです。

自己犠牲の精神は誰かに信頼されやすいです

損を受け入れる姿勢は自己犠牲の精神だと思いますが、自己犠牲は他人の信頼を得やすいはずです。

なぜなら、誰かのために損を受け入れる人ってあまりいないからです。

損を極端に嫌う生き方はもしかしたら損しているかもしれません

個人的に、損を嫌う人は長期的に見ると損をしているかもしれないと思っています。

というのも、残業は嫌だから同僚の仕事は手伝わないとか会社の飲み会は時間の無駄だから行きたくないなどは損を嫌う生き方ですが、裏を返せば、同僚からは「みんな残っているのにあの人はいつも定時で帰るな」と思われているかもですし、飲み会に行かなければ付き合いが悪いと思われても仕方がないですよね。

上記を全て受け入れるのであれば良いですが、長期的にみると、損を嫌いすぎると他のところで弊害が出る気がしています。

損得勘定だけで人は動きません

マジで人って損得勘定だけでは動かないんですよね。

自分が嫌っている人から頼みごとをされたら断るけれど、自分が慕っている人から頼みごとをされたら快く受け入れるなどです。

自分が慕っているとか尊敬している人の頼みなら多少の損でも受け入れるみたいな姿勢です。逆に、自分が嫌いな人ならどんな些細な頼みでも受け入れない可能性もあります。

損得勘定なんてのは、人と人との関係性の前ではあまり意味をなさない可能性があります。

ポジティブに考えるべきです

損得を考える前に、誰かのためになるかどうかで考えれば良いはずです。

誰かが困っているのであれば助けてあげようの精神です。深く考える必要はありません。

誰かの役に立てるのは良いことです

誰かの役に立てるって良いことですよね。

まず人としての基本に立ち戻って、とりあえず困っている人がいたら助けるとか話だけでも聞いてあげるという姿勢が大事なはずです。

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