水色のハートと花

なぜ人は保身に走るのかについて考察していくことにする

水色のハートと花

どうも、ブロガーのきゃわです。私は会社員を経て現在はブログを書き続ける毎日を送っています。

保身に走る行為が良いか悪いかは置いておくとして、あなたの身の回りにも保身に走る人について何人か心当たる人がいるかと思います。ニュースなんかを見ていても保身に走るような言動や行動をする人がいますよね。

個人的に自己保身は一種の防衛反応だと思っているので、保身自体は自然な行動だと思っています。

ただ、「保身に走る」という言葉はなんとなく良い印象を持たないですよね。

保身に走ることは悪いことではないはずです

ぶっちゃけ保身に走ること自体は悪いことではありません。

何か不都合な状況などに陥った時に自分を守ろうとするのは、自己防衛の観点から見て当然のことです。

自分を守らない人間は存在しません

例えば自分が従事しているプロジェクトで不具合が起きた時に、「自分の保守が問題なかったことを証明する」とか「自分の対応に問題がなかったことを説明する」などは当然の反応です。

自分のミスを疑われた時に、本当にミスをしていないのに黙っているとミスを認めたと捉えられても仕方がないですからね。自分を守るための行動として保身は有効な手段です。

自己防衛のために保身すべきです

個人的に、自分を守るために保身することが大切だと思っています。

例えば仕事で何かミスが起きた時に、「自分はやってません」と毎回口を大にして言うのではなく、「この分野は自分の仕事の領分ではないので関係ないはずです」などのようにあくまでも自分を守るための発言の方が周りの印象が良いです。

自分はミスをしていないことを証明するために自己保身をするのではなく、あくまでも自分を守るために自己保身をすべきです。

誰かの保身がマイナスに見える原因は身勝手に見えるからです

たまに謝罪会見などが報道されていることがありますよね。

ああいった会見において、自分の社会的立場を守るために保身的な発言をしたことによって、視聴者側からマイナスのイメージを持たれてしまうことがあります。

上記がマイナスイメージを持たれてしまう原因って、視聴者側からすると「結局今の自分の立場を守りたいだけ」などと感じてしまうからのはずです。

なりふり構わない保身は自己中心的な印象を抱かせます

何かあったらとにかく自己保身に走るとか、自分の責任は追及されないように常に立ち回るというような行動は、周りの人に迷惑を掛けます。

人は社会性のある生き物ですから、誰であっても生きていればそれなりに責任が生じます。

例えば、会社に入社すればその仕事に対して責任が生じますし、子どもができれば子どもを育てる責任が生じます。

上記のような本来その人が負うべき責任を放棄するような自己保身は、周りから見ると非常に自分勝手に見えるのです。

周りに迷惑を掛ける保身的行動は悪く見られます

例えば、状況的に明らかにAさんがやったと思われるミスなのに、確実な証拠がないという理由だけでAさん自身がそのミスの関与を否定しているとします。

上記において、仮に本当にAさんが関与していないのであればきちんと否定すべきですが、Aさんがミスをしたという自覚があるにも関わらず確実な証拠がないというだけでミスの関与を否定しているの場合、周りからの印象は最悪でしょう。

このように周りに迷惑を掛けるような自己保身は周りからの信頼を一気に損なう可能性があります。

保身に走られてもあまり気にしなくて良いと思う話

今後、もしかすると皆さんの周りで保身に走るような人がいるかもしれません。

ただ個人的に自分に迷惑が掛からないのであれば、特に気しなくて良いと思っています。

「なんか大変なんだな」くらいで良いです

保身に走る理由は人それぞれですが、自分に関係のない事柄の場合、保身に走る行為を咎める必要はないはずです。

「なんか大変そうだな」くらいに考えておけば良いのです。

他人と自分の境界を明確にすると良いです

他人は他人、自分は自分です。

自分に関係のない事柄であればあえて気にしないという選択もありのはずです。

他人と自分の境界を明確にすることで、自分自身が動きやすい環境になるはずです。

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