どうも、きゃわ@icosoyamaです。
20歳前後の私は、「自分は何でもできる」とか「何があっても余裕で対処できる」みたいな謎の自信がありました。
社会人になって上記の自信は完膚なきまでに叩き潰される訳ですが、似たような経験をした人って意外と多いのではないでしょうか?
学校の勉強がそこそこできても上には上がいますし、自分の上位互換なんてそこら中にいます。
個人的に、世の中のほとんどの人は凡人だと思っています。
ですが、意外と自分を凡人だと認めていない人は多い気がします。
例えば、本気を出せばもっと仕事ができるけど本気を出す理由がないから本気を出さないだけ、みたいなことを言う人もいます。
ぶっちゃけ、本気を出せばなどと言っている時点で天才ではないんですよね。
天才は本気なんて出さなくてもできるから天才のはずです。
まず、自分を凡人だと認めることが第一歩だと思っていまして、凡人だと認めた上でどのように生きていくのが良いのかを解説していきますね。
世の中のほとんどの人は自己評価が甘すぎる件
私にも言えることですが、世の中のほとんどの人は自分を甘やかしすぎです。
部活で疲れた、仕事で疲れたとか、バイタリティがなさすぎます。
過去の私は、仕事で疲れたという理由で毎日すると決めていた歌の練習をしなかったり、毎日30分のランニングをサボったりしていました。
勉強とか部活とか仕事を言い訳にしていると、それだけしかできない人間になってしまうんですよね。
ふとした時に、「私って休日はずっと家にいるけどなんのために生きているんだろう・・・」と感じることってありませんかね。
学校とか仕事だけみたいな人生って、個人的にはあまり楽しくないと思います。
そして楽しくない原因は何もしていない自分にあるんですよね。
私たちは思った以上に何もできません
例えば、友達とカラオケに行った時に上手く歌える人もいれば上手く歌えない人もいます。
上手く歌える人は、幼少期からピアノを習っていたとか歌うのが好きでよく1人でカラオケに行っているなどの理由があるはずです。
逆に上手く歌えない人は、結局今まで上手く歌うための努力を何もしてこなかったんですよ。
別に「私は歌には興味がない。カラオケはストレス発散で十分」という人なら構いませんが、個人的にできないよりはできた方が良いですし、できない理由を探すならできるように努力をした方が良いはずです。
休日はずっと家で動画を見ている人とかだと、行動が受動的で主体性がないので、今通っている学校の勉強とか仕事関係のこと以外できない人になりがちです。
凡人の自覚があるなら知らないことをもっと知ろうとすべきです
身近なところから意識は変えられます。
例えば、クイズ番組でジブラルタル海峡というワードが出てきた時に、「ジブラルタル海峡ってどこにあるんだろう?」という疑問が湧いたとします。
上記の疑問が湧いた時に、調べる人と調べない人ではかなり差がつくはずです。
現代ではネットで検索すればほとんどの問題が解決します。
逆に解決しない問題に対しては、「本当にそれ調べたの?」と疑われてしまうレベルで質の高い情報があちこちに落ちています。
自分が凡人だと自覚しているなら、知らないことを知ろうとして自分の中身を増やしていくことが大事です。
凡人の生き方は「ひたすら続ける」、それだけです
私は今まで生きてきて天才という人を見たことがありません。
ですが、ひたすら努力して天才のような力を手に入れた人たちなら結構知っています。
例えば、中学校の時に成績トップだったクラスメートは休み時間もひたすら勉強をしていましたし、弱小校の部活でもひたすら練習以外の時間は走り込みを続けて、強豪の大学に進学してキャプテンにまでなった先輩もいます。
上記の人たちに共通しているのは、継続です。
天才じゃないのなら続けてスキルを磨くしかありません
毎日同じことの繰り返しで嫌になるかもですが、結局凡人が天才と同じ領域まで行くにはひたすら繰り返し練習してスキルを磨くしかないんですよ。
サッカーのクラブチームでレギュラーを取りたいなら、ひたすらサッカーのことだけ考えるしかないです。
上記のような意見を言うと、「学校の勉強だって大切だろ」という人がいるかもですが、余程の進学校とかでなければ勉強なんてなんとかなるんですよ。
なんとかなるものは中途半端でも良いはずです。
「自分は凡人だけど絶対にレギュラーになりたいんだ」という強い思いがあるなら、そこにフォーカスを当てて生活すべきです。
怠惰は天才にだけ許された特権です
人は怠ける生き物です。
どれだけ強い決意をしたとしても、「今日は疲れてるから」とか「時間が遅いから」などと言い訳をしてしまいます。
続けることは誰にでもできることですが、全ては自分次第です。
甘えた時点で負けでして、たとえ睡眠時間がなくなっても続ける意志が必要です。
凡人が有効に使えるのは時間だけです。
時間がある限り、ひたすら努力する必要があるのです。