どうも、きゃわです。
私は社会不適合者なので会社員時代に色々と絶望した経験がありますが、笑いが出るほど絶望したのは会社員として働くのを諦めた時ですね。
個人的に、絶望して打つ手がなくなると人は開き直ると思っています。
例えば、何回も転職を繰り返して会社員として頑張って働いてきたけれど、「結局自分には無理なんだな・・・」となった時に、「あー俺の人生終わったなぁ」みたいな感じに開き直るんですよね。
これから、私の経験を踏まえつつ本当に絶望した時に人が取る行動について解説していきますね。
ほとんどの絶望はなんとかなるはずです
ぶっちゃけ、ほとんどの絶望はなんとかなるはずです。
例えば、私は卒業論文の題目を提出するのを忘れていたことがあります。締め切りを過ぎていると思って当時はめちゃくちゃ焦ったのですが、担当の課に問い合わせしたところまだ受付可能ということで、なんとか提出したという経験があります。
仕事で結構大きめなミスをしたとか上司を怒らせてしまったなど、「最悪だ」と感じることはたまにありますが、ほとんどのことは割とどうにかなるものです。
リカバリーができるなら運が良いです
どうにかなるというのは、リカバリーが可能ということです。
個人的に、絶望的なことってリカバリー不可能だと思うんですよね。
例えば、どう頑張っても納期に間に合わない仕事とか致命的なミスが発覚してめちゃくちゃ損害が出てしまったなどです。
上記のような場合、ぶっちゃけ個人レベルでリカバリーすることは不可能なはずです。
ですが、たまに起こる不運なことや良くないことは、ほとんどがリカバリーできるはずです。
「大変なことになったけどリカバリーできるだけ運が良かったな」と思うくらいで良いはずです。
本当に絶望した時は何もできることがないです
何もできることがなくなった時に、人は本当に絶望するのかもしれません。
個人的に、起こった事象に対して絶望するのではなくて、起こった事象に対処する術がないことに絶望するのだと思います。
例えば、会社にめちゃくちゃ損害を出してしまった時に、多額の損害を出したことに絶望するのではなく、損害を補填する手段がないことに絶望するみたいな感じです。
何も打つ手がないと人は開き直ります
マジで打つ手がない時って、多分笑うしかないのだと思います。
だって何をやってもリカバリーできないのですから、「なんかもうどうでもいいや」となってもおかしくはないはずです。
リカバリーできないことは、どうしようもありません。
本当に絶望することがないよう、少し注意深く毎日を過ごす必要があるかもしれません。