新卒で適応障害になり退職して転職できた話

どうも、きゃわ@icosoyamaです。

今回は、私個人の話になります。

 

過去の話ですが、新卒で入社した会社が自分に合わず、1年半で適応障害と診断されました。

その後、1か月休職して、結局退職することになりました。

結論から先に申し上げますと、適応障害と診断されても、環境が変われば普通に新しい仕事はできます。

 

現在、適応障害で悩んでいる方は、決して無理をせず、自分を責めず、明日を生きることを考えてください。

我慢して無理をしすぎると、うつ病になる可能性もあります。

自分のできることを少しずつ見つけていきましょう。

 

これから話すことが、読んでくださっている方の、生き方のヒントになれば嬉しいです。

  

  


適応障害とは

この記事を見ている方は、適応障害について知っている方が多いと思います。

ですが、ご存じない方のために、一応説明させていただきます。

 

適応障害は、ある特定の状況や出来事が、その人にとってとてもつらく耐えがたく感じられ、そのために気分や行動面に症状が現れるものです。たとえば憂うつな気分や不安感が強くなるため、涙もろくなったり、過剰に心配したり、神経が過敏になったりします。また、無断欠席や無謀な運転、喧嘩、物を壊すなどの行動面の症状がみられることもあります。
ストレスとなる状況や出来事がはっきりしているので、その原因から離れると、症状は次第に改善します。でもストレス因から離れられない、取り除けない状況では、症状が慢性化することもあります。そういった場合は、カウンセリングを通して、ストレスフルな状況に適応する力をつけることも、有効な治療法です。


               参考:みんなのメンタルヘルス | 厚生労働省

 

上記が適応障害の概要になります。

適応障害の特徴として、「ある特定の状況や出来事」が、その人の苦痛の原因になります。

私の場合は、仕事そのものでした。

 

新卒でSE(システムエンジニア)になったのですが、まず初めの3か月間の研修についていけませんでした。

その後現場に配属されるものの、先輩たちが何をやっているのか全く理解できずに、言われるがままに仕事をしていました。

 

完全に会社のお荷物となった私は、社内で孤立したその状況が、適応障害を発症する原因になりました。

会社にいるときは、心臓が痛くなるし、吐き気がするのですが、自宅に帰ると、身体の不調がなくなるのが、適応障害の特徴です。

 

永続的に不調が続くのではなく、自分にとって辛い状況になった時に、体に不調が出始めます。

このような症状から、「適応障害の人は甘えている」と、捉える人もいます。

ですが、甘えではありません。

 

苦しい状況を我慢しているのです。

我慢しているときは、本当に吐きそうになるし、頭痛が酷くなる時もあります。

ですが、それ以外の時は、普通に健康なのです。

 

なので、自分のやりたくない時に限って、体に不調が出るのは単なる甘えという人もいます。

ですが、嘘をついているわけではないのです。

もし周りに適応障害の人がいれば、本人が一番辛いということを理解してあげてください。

  

 

 

入社当初から違和感はあった

 

砂浜と夕日

 

私の話に戻りますが、入社するまでは、私は特に精神的に不調をきたすような人間ではありませんでした。

ごく普通の家庭に生まれ、大学に進学して、そのまま新卒で入社しました。

 

適応障害の原因かどうかは分かりませんが、自分のやりたい仕事を選んだわけではありませんでした。

というのも、私は就職活動があまり上手くいかず、なかなか内定を得ることができませんでした。

そんな時に内定をもらったので、入社を決めました。

 

正直SEというものが、何をやるのかもよくわかっていませんでした。

パソコンで仕事する職業、くらいにしか把握していませんでした。

 

その後、大学を卒業し、SEとして働き始めます。

初めの3か月間は研修でした。

研修では、「Java」というプログラミング言語を学びました。

 

正直な話、全くプログラミングに興味がもてませんでした。

初めのうちは、講義にもついていけたのですが、進むにつれて難しくなり、最後の方は、全くついていくことができませんでした。

 

この時に、ふと「入る会社間違えたかなぁ」と思っていました。

ただその時は、本気で辞めようとは思ってはいません。

頭の片隅に、そういった考えがあっただけです。

 

 

 

現場に配属され徐々に不調になる

研修にはついていけませんでしたが、無事に配属先は決まりました。

正直、研修が終わってホッとしていました。

 

そして、配属初日を迎えます。

配属先では、意外にも初めのうちは、仕事も楽なものばかりで、問題ありませんでした。

残業もなく、配属されて3か月間は、割と充実した日々を送っていました。

 

しかし、配属されて3か月たったある日、私にも本格的に仕事が割り振られることになりました。

私は、「なんとかなるだろう」と思って、仕事に取り組んでいました。

 

ですが、研修の時と同じで、全く分かりませんでした。

初めのうちは、分からないところは先輩社員に聞いて、仕事をしていました。

ですが、私の場合基本的なところも分かっていなかったので、何が分からないのかも分からない状態でした。

 

次第に先輩社員にも聞きづらくなり、自分で抱え込むようになりました。

自分で仕事を抱え込むようになると、進捗も遅くなります。

 

上司からも度々注意を受けるようになりました。

この時の私は、「仕事のできない自分が悪い」、と思っていました。

この状況が1年続きました。

 

 

配属されて1年3か月後、とうとう適応障害と診断される

地獄の1年間でした。

仕事が終わらないので、残業ばかりしていました。

平日でも普通に徹夜していました。

 

元々ブラックな職場だったので、実は私以外にも平日に徹夜している人は、ちらほらいました。

ですが、徹夜しても仕事は終わりません。

休日出勤も何度もしました。

 

その時の私は、全て仕事のできない自分が悪い、と思っていました。

今思い返してみると、会社の仕事量にも大いに問題がありました。

 

明らかに、残業しないと終わらない仕事量を割り振られます。

私以外の社員も、完璧に仕事をこなしている人はいませんでした。

みんな何かしら、遅れている仕事がありました。

 

新人の私には、その状況が、気が気でなりませんでした。

次第に、休みの日も仕事のことを、考えるようになりました。

 

趣味だったゲームも音楽もカラオケも、全て手につかなくなりました。

何も楽しくなくなっていました。

 

だんだん体にも不調が出始めました。

出勤前に吐き気がしたり、仕事中に急に心臓が痛くなったりしました。

明らかに体がおかしくなっていましたが、無理して仕事を続けました。

 

そんな生活を続けていると、ある日、朝起きれなくなりました。

家を出る時間を過ぎているのに、布団から出られませんでした。

何もできなくなってしまいました。

 

その日は、会社に連絡して、欠勤することを伝えました。

「明日は会社に行こう。明日は会社に行こう」と、思っていましたが、気が付くと3日間休んでいました。

もう何もかも限界でした。

 

結局その日以来、会社に行くことはありませんでした。

上司には電話で正直に理由を話すと、病院に行くように勧められました。

 

色々な病院で診てもらった結果、「適応障害」と診断されました。

上司と相談した結果、1か月間休職扱いということになりました。

 

休職期間中も、何もやる気が起きませんでした。

食事をとって、パソコンをいじって、寝る。

そんな生活を、1か月間続けていました。

 

1か月後、上司と面談できるくらいには、復調していました。

ですが、もう職場に戻って仕事をする気力がありませんでした。

上司とも相談して、退職することにしました。

 

 

 

退職後、半年間は何もやる気が起きなかった

退職後は、家で引きこもっていました。

私は一人暮らしでした。

貯金もあまりなかったので、いくらか親から仕送りをしてもらっていました。

 

両親には、自分の病気のことは話していました。

何も言わずに、仕送りをしてくれたことは、今でも非常に感謝しています。

 

それから半年後、私はやっと仕事を探せるくらいには、体も心も良くなっていました。

新卒で入社した会社を1年半で辞めて、そこから更に半年間のブランクがあったので、再就職先があるか心配でした。

ですが意外にも、3社から内定をもらい、そのうちの警備会社に就職を決めます。

 

 

 

そして復職へ

 

海辺に佇む女性

 

警備会社に入社した私は、警備員として働き始めます。

警備員を選んだ理由は、2つあります。

  1. 精神的に楽な仕事だから
  2. 特別なスキルは必要なく、誰にでもできる仕事であるから

 

このころの私は、無理をしないように生きようと思っていました。

とにかく精神的に楽な仕事を探していました。

警備員は、そんな私の希望に合う仕事でした。

 

こうして、第2の仕事人生がスタートしました。

 

 

 

新しい仕事は意外とストレスにならなかった

警備員として働き始めると、全くと言っていいほどストレスを感じませんでした。

SE時代の地獄の日々は、一体何だったのかと思いました。

 

職場の人間関係も良好で、非常に恵まれていたと思います。

環境が変わるだけで、こんなにも違うのかと思いました。

同時に、SE時代にどうしてもっと早く仕事を辞めなかったのかと、後悔しました。

 

人は、環境に適応して生きていく生き物ですが、どうしてもその環境に馴染めないこともあります。

もちろん環境に適応するように頑張るのも一つの手段ですが、逃げるのも一つの手段です。

 

逃げることに罪悪感を持つ人もいると思います。

かつての私がそうでした。

ですが、逃げることは悪いことではありません。

 

むしろ、自分の嫌な環境から逃げ出せるのであれば、とことん逃げるべきだと思います。

もちろん、単純に嫌な環境から逃げ出せと言っているのではありません。

自分で自分をコントロールできなくなるくらいなら、逃げても良いのです。

 

むしろ逃げてください。

逃げて逃げて、自分が心地よいと思える場所を探し続けてください。

世界には、自分にとって最悪な環境もあれば、天国のような環境もあります。

 

あがき続けましょう。

何度仕事を辞めようが、自分の人生です。

自分の居心地の良い環境で、やりたいことをやりましょう。

 

そうする必要があります。

自分の人生なのですから。

 

 

 

まとめ

いかがでしたか。 

かなり長文になってしまいました。

普段はもっと短い記事なのですが、自分と同じ過ちを犯してほしくないので、気合を入れて書いてしまいました。

 

ですが、私が言いたいことは一つだけです。

自分の居心地の良い環境を目指してください。

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