どうも、ブロガーのきゃわです。ブログを書き続ける毎日を送っています。
過去に会社員をしていた時期もありましたが、今思い返してみると当時はかなり余裕がなかったと感じています。
過去の私は完璧主義だけど行動力が乏しいという頭の中だけで自分の理想を作るような人間でした。
現在は「考えすぎずに気楽に行動する」という思考になっていまして、昔と比べるとかなり行動力が上がりました。
頭の中だけで考えていても意味がありません
過去の私は頭の中だけは一丁前でした。
平日は仕事をして帰宅したら勉強、休日は色々なところに出かけて遊びに行くなどと頭の中で考えることはあっても、実際にその通りに行動できたことはほとんどありません。
いくら思考を巡らせても頭の中だけで完結しては意味がないのです。
考えは行動に移すべきです
何か良いアイデアがあるならとりあえず行動に移すべきです。
我々は行動した結果から次の予測を行い計画を立てるはずです。
例えば仕事から帰ってきた後に勉強すると決めていても、実際に勉強しなければ何の結果も得られません。
しかし行動に移せば、「実際に勉強してみて分かったことは仕事後に勉強するよりも仕事前に勉強した方が良さそうだ」などのことが分かるかもしれません。
「考え」と「行動」はセットなのです。
行動しなければ何もしていないのと変わりません
いくらすごいことを考えていても行動が伴わなければ何もしていないのと変わりません。
何かを変えたいなら行動が必要ですし、何かを実現したい場合も行動が必要です。
行動でのみ何かを変えることが可能なのです。
気楽さを手に入れるには特別になることを諦めることです
頭の中だけで完結してしまう原因として「行動したいと思っているけれどなかなか動けない」という場合が多いと思います。
その時に必要なのが「気楽さ」なのです。
例えば「初心者だけど絵を描きたい」と考えた時に頭の中でグルグル思考を巡らせた結果、「ちゃんとした道具もないし今はいいか」となり行動に移せなかったとします。
個人的に上記の間違いは、「ちゃんとした道具が必要だ」と考えていることだと思います。
絵を描くのにぶっちゃけちゃんとした道具は必要ないですよね。最悪紙とペンさえあれば描くことはできるはずです。
「ちゃんとした道具が必要だ」と考えているのは、「プロみたいな絵を描きたい」という目標のようなものがセットでついてきてしまっているからです。
初心者が最初からプロのような絵を描くことは不可能だと頭で理解していても「プロ仕様の道具がないとダメだ」と考えてしまうんですよね。これは「特別な存在になりたい」という意識からきていると思っています。
「自分は特別だ」というプライドは不要です
個人的に「自分が特別だ」と考えること自体間違いだと思っています。
「自分は特別だ」というプライドはその人の行動を制限してしまうことが多いはずです。
例えば「私は仕事ができるから今の仕事で満足だ」とか、「休みだから何かしたいけれど自分にとって利益のあることがなかなか見つからない」などです。
「私はできる人間だ」とか「私は特別だ」と考えることにより、自分にとって相応しい行動以外はしないようになってしまうのです。
上記のように考えてしまうのはとてももったいないです。大切なのは自分のプライドを誇示することではなく、たくさん行動して自分の価値を高めていくことです。
誰しも数多くの人間の一部でしかありません
持論ですが、1人の人間の力で大きなことを成し遂げるのはとても困難です。
会社を例にとってみると、1人で利益を上げることはできるかもしれませんが会社を大きくするには必ず他の人の力が必要になります。
1人でこなせる仕事量は限られています。仕事量が増えれば誰かを雇って手伝ってもらうしかないんですよね。その繰り返しで会社を大きくしていく訳ですが、そう考えると1人の力では限界があります。
人間とは社会的な繋がりを持って協力していく生き物です。能力に差はあるかもしれませんが、どんな人であっても大多数の1人であるという事実は変わらないはずです。
そもそも特別になる必要はありません
過去の私は「自分は特別だ」と心の奥底で思っている節がありました。「やればできる」とか「まだ本気を出していないだけ」などと頭の中で考えていた時期もありまして、今思えばかなり怠惰な態度だったと反省しています。
上記のように考えてしまう原因は、「特別になりたい」とか「誰もできないことができるようになりたい」などの願望が意識として根付いているからだと思っています。
ですが人間は誰しも大多数の1人なのですから特別になる必要はないのです。
それに特別になる必要がないと考えたら途端に気楽になりませんかね。
特別になる必要がないなら気楽に紙とペンだけで絵を描けば良いですし、特別になる必要がないなら休みの日は気楽に外に出てみれば良いのです。